ミネソタ州農務省の検査官

 そこでスミスは、そろそろ等式の反対側-つまり家畜-を検査するころあいだ、と判断した。一九九七年秋、彼はミネソタ州農務省の検査官に命じ、ミネアポリスからセントポールにかけての広い地域で鶏肉を購入させた。検査官は、小売店店舗で、九一種類の鶏肉を購入した。九つの州にある一五の食肉工場で加工された極上品で、購入した時点では新鮮だった肉、冷凍肉、解凍肉があった。検査官たちは、鶏肉の一部について、あらかじめ測定した量の液体培地を使用し、なにが含まれているか、順序だてて検査した。そしてスミスは、鶏肉のサンプルの八八%にカンピロバクター菌が含まれていることを発見した。二〇%からフルオロキノロン耐性カンピロバクター菌が検出され、一四%から耐性カンピロバクター・ジェジュニが、五%から別の菌、カンピロバクター・コリが検出された。それぞれの菌株のほぼすべての亜型で、ヒト体内のフルオロキノロン耐性分離株と一致した。

 そのころには、CDCが、ヒト由来のフルオロキノロン耐性カンピロバクタ大国について、独自の全国調査をはじめていた。この問題が最後に考慮されたのは、一九九一年たった。人間の医療にキノロン系が使われるようになってからしばらくたっていたが、まだヒトのカンピロバクター菌はフルオロキノロン系、あるいは構造がより簡単なキノロン系に耐性をしめしていなかった。一九九七年、動物用の薬としてフルオロキノロン系が導入されてから何年もしないうちに、CDCは、スミスがおこなったような鶏肉の検査を実施した。すると、アメリカ国内で販売されている鶏肉の六割が、カンピロバクター菌に感染していることが判明した。そのうち二割がフルオロキノロン耐性だった。

 とはいえ、死亡率は低く、一%のI〇分の一程度にすぎず、感染してもほぼ全員の症状が改善した。だが細菌感染症のつねであるように、乳児と高齢者の場合は危険が高く、ほかの世代の人間にもカンピロバクター菌は愉快なものではなかった。じきにおさまる食中毒であるとはいえ、四日から七日、みじめで不快な日々がつづく。だが、少なくともキノロン系は、この感染症を三、四日で終わらせた。カンピロバクターの菌株のなかに、ほかの薬の大半に耐性をもつ株かおる場合はとくに有効だ。フルオロキノロン系でも効果があがらなければ、多くの患者が三日ほどよけいにみじめな思いをする。それに、この菌がアメリカ国内で二〇〇万件の食中毒によって増殖すれば、みじめな思いをする人間がおそろしい勢いで増え、同時に、労働時間と生産性がいちじるしく損失をこうむるにちがいない、とスミスは考えていた。

 情報を知らされていない聴衆-たとえば、FDAの財布のひもを握っている農務省の小委員会―に対してリチャードーカーネヴァレは、「耐性があろうとなかろうと、カンピロバクター菌などささいな問題であるし、考慮する必要などない」と、くりかえし説きつづけた。「問題なのはサルモネラ菌で、そちらは深刻であるが、サルモネラ菌は家畜においてもヒトにおいても、技術的にフルオロキノロン系にまだ感受性があり、ほかのほぼすべての薬にも感受性がある」と。