偏差値の高い生徒を医学部に回す理由

 

 医学部受験生、つまりエリー卜予備軍の戦士は、彼を取りまく周囲の環境によって作りだされている。この戦士たちに共通しているのは、いわゆる「偏差値」が並外れて高いという点である。偏差値が高いゆえに、本人よりも周囲が医学部に押しこもうと躍起になるのだ。

 偏差値とは、駿台高等予備校(現駿台予備学校)の説明によれば、「個人の成績が仝受験生の平均に比べ、どの位置にあるかを、正規分布曲線と標準偏差の理論に基づいてあらわす数値」であり、個人の得点から全受験生の平均点を減じた数字を分子に据え、分母には全受験生の得点の標準偏差に〇・一を乗じた数字を置き、それに五〇を加えてはじきだされる数字である。この数値は、科学的客観的に受験生の実力が掌握されると信じられていて、それゆえ、「君は東大の理Iなら大丈夫」であるとか、「名古屋大学医学部は圏内」「早稲田大学政経は無理だが、商学部なら合格」などと、冷徹に進路が示される。

 予備校や受験参考書の出版元だけが、この数値を利用しているわけではない。高校の進路指導の教師もこの数値を万能の如く扱う。現在、どこの高校でも教師たちが、大手予伽校の模擬試験を受けるよう勧めるのも、自らの信念を吐露しての親身な進路指導より、この数値をつかって教え子を割りふろうとしているからに他ならない。

 事実、予備校や高校の教師たちは、経験的に、偏差値のランクによってどこの大学のどの学部に合格できるかを知っている。そのうえで、彼らは偏差値の高い者をそれに見合う程度の大学医学部に押し込もうとする。受験生本人の志望などは二の次になっている。「君は、文類など志望しないで、医学部を受験しなさい。充分、入学できるのだから……」という指導など、とりたてて珍しくない光景が展開されているのである。

 どうにかして、生徒を東大理Ⅲに合格させたい

 偏差値の高い生徒を医学部に回そうという裏には、現在の受験体制のもうひとつの断面がある。つまり、教師にとっては受験名門校であるという評価が、自らの評価につながる構図ができあかっているのだ。「受験名門校での受験技術の指導に長けた教師」という評価は、教師自身の栄達につながっているといえるのである。単に、教師世界の評価だけではない。経済的見返りもまた充分にある。

 どこの都道府県でも、公立高校の教師の世界には一定の出世コースがある。教師にとって、いうところの名門校(だいたいは進学名門校である)に籍を置くのは管理職になるための必・・・

『物語 大学医学部』保阪正康著より