開放手術

 

 伝統的な手術療法は開放手術といって、メス、ハサミ、ピンセッいを主な道具として患部に到達する。解剖学的な層の概念に従ってがんが発生した臓器をとりまく何重もの膜構造を分離して、最適の層でがん細胞をこぼすことなく、露出しない形で切除する。術者と助手の息が合ったチームプレーによって、患部がもっともよく見えるよう視野が確保され、術者と助千小ピンセッいで組織を各々つがんで軽く緊張をかける。二つのピンセッいの間にはさまれた組織にメスやハサミを当てると、組織がパラパラと剥がれていき、ほとんど出血することもなく患部が展開され、必要な切除が行なわれる。

 またがんの多くはリンパ管の中に入って全身に広がっていくことが多いため、その関所にあたるリンパ節も一緒に切除することが原則である。リンパ節は血管のまわりの脂肪組織の中に埋まって存在するので、リンパ節郭清の原則は血管をきちんと露出することにある。血管をきれいに露出すれば、結果として取り除かれた脂肪組織の中にリンパ節はすべて、リンパ節相互を結ぶリンパ管とともに含まれることになる。リンパ節転移が数個以内のうちはがんが原発臓器を離れてもリンパ節郭清によって何とか治すことができる場合が多い。ところがたくさんのリンパ節に転移が及んでしまうと、もはや手術で洽すことは困難となる。早期のがんほどリンパ節転移の可能性は低いので、治るチャンスはそれだけ大きくなる。早期発見が大切なゆえんである。

 このようにがん手術療法の二大原則がんを露出させないで切除すること、転移が及んでいる可能性のある領域のリンパ節を郭清すること、この二つを守ることによってがんの六割から七割が開放手術によって治療されてきた。手術療法はがん治療の主役である。

 また、たとえがんが周囲臓器に浸潤していても、浸潤臓器を合併切除することによって、つまり手術範囲を拡大することによって治癒せしめうるがんがある。代表的なものは直腸がんで、膀胱や子宮にまでがんが広がっていても、直腸と一緒に膀胱や子宮も切除する、つまりがんを露出させないでまわりの臓器とひとまとめに切除することによって治しうる場合も多い。また、限られたリンパ節転移であれば、郭清によって救命しうるがんば、頭頸部がん、食道がん、肺がん、胃がん、大腸・直腸がん、子宮がん、膀胱がんなどがある。

 大腸がんば肝臓にも転移することが多いが、肝臓の転移巣も完全に切除することができれば治る場合も多く、積極的に手術される。こうした手術は当然、患者さんの負担も大きくなるががんの性質、患者さんの状態をよく見極めて、治しうる場合には思い切った拡大手術も必要と なり、患者さんの同意のもとに実施される。

 ところで手術には臓器ごとに独得の後遺症がある。たとえば胃を切った人の場合、「食事を一度にたくさん食べられない」、「食後しばらくするとお腹がゴロゴロいう」、「下痢をしやすい」といった訴えがよくきかれる。胃を切ったために食物が小腸に急激に流入すると、ダンピング症候群といってめまい、動悸、発汗かおこることもある。何年かするとすっかり元通りにもどるのだが、その間の患者さんの訴えをよく聞き、生活指導を含め細かく行なう、といった配慮も必要である。