機能の温存と再建

 

 手術療法はがんが発生した臓器を取り除けばすむ場合と、取り除いだ後、再建が必要な場合とがある。前者の代表は甲状腺や、腎臓、子宮などであり、後者の代表は消化管辛頭頸部、膀胱や前立腺などをあげることができる。後者の場合、食物の通り路を再建したり、便令尿の通路を作り直す必要がある。再建する場合も、手術後の患者さんの生活になるべく支障がすくなくなるよう、さまざまな工大がこらされており、これは機能温存手術とよばれている。

 たとえば、舌がんで舌を失ったときの生活の悲惨さは、話をする不自由さ、食事の楽しみを失うことなどを考えただけでも直感されよう。ぷんとともに舌の大部分を取り除き、頚のリンパ節郭清をした後、腹直筋という腹部の筋肉に皮膚を一緒に付けてはずしてきて、腹直筋皮弁を作る。顕微鏡で拡大して観察しながらこの腹直筋皮弁を養っている動脈と静脈を順の動脈・静脈に目に見えないような細い糸を使って吻合する。つまり、本来腹部にあった組織を順に移植し、その形を整えて舌を再建する。この手術をすると、患者さんは舌の大部分を失っても、話したり食べたりする点てほぼ元通りの生活が可能となる。

 あるいは、膀胱がんで膀胱を全部取り除いた場合を考えてみよう。排泄は人間の尊厳に深く関わるから、新しい工夫をすることにより患者さんの期待に応えつつある。小腸の一部を切り離して新しい袋を作り、ここに両側の尿管を移植すると、尿は腎臓から腸で作った新しい膀胱の中に流れ込む。新膀胱の一番下の部分に孔を開けてここを尿道に吻合すると、膀胱を取り去っても自然排尿が可能である。こうしたさまざまな手術的工夫によってがんになった臓器が本来もっていた機能をなるべく損なわないでしかもがんは確実に治そうとする努力が続けられ、多くの成果が得られている。

 また、神経温存手術というものがある。直腸がんや子宮がんの手術の際に、性機能や排尿機能に関係する神経を残す手術をすると、手術後の患者さんの回復や生活の質が格段に向上する。手術はそのぶん複雑となり難しくなるが、患者さんの手術後の生活の質、いわゆるQOL(Quality of life)を上質に保つことができる。乳房温存手術、眼球温存療法など人間が生きるうえで大切な個々の臓器の働きや形をできるだけ守りながらがんを治そうとする手術療法が全身各所で続けられている。