くじ引き試験が役に立つのは微妙な問題だけ

 

 ここでまたスカイダイバーたちにご登場願うとしましょう。スカイダイビングのときのパラシュートの価値を検証したくじ引き試験は未だかつて存在しませんから、くじを引いて、半分の群はパラシュートあり、もう半分はパラシュートなしでスカイダイビングをしてもらいましょう。どうしてかというと、スカイダイビングをしても墜落死しないのは実はパラシュートのお陰ではなくて他の理由-例えばスカイダイバーに特殊な浮遊能力があるとかなんとかJがないとは言い切れないではないですか。パラシュートをしてもしなくても本当はダイバーの死亡率に差は出ないのかもしれません。というわけで、ダイバーたちが死なないのは本当にパラシュートのお陰なのかどうか検証するため、パラシュートなしのダイバーとくじ引き試験を行うので……。

 いい加減にしろですって? そうですね、冗談もたいがいにしておきましょう。もちろん、パラシュートがダイバーの命を守っています。それは自明のことです。こんなときにくじ引き試験なんて、バカげていますよね。

 嘘だと思う懐疑主義者の方は、ぜひパラシュートなしで飛び降りてみてください。

 では、医学の世界でもっとも正当性の高いと言われるくじ引き試験が、なぜスカイダイビングの例だと「バカバカしい方法」に堕してしまうのでしょうか。

 それは、くじ引き試験は、「微妙な問題」についてしか役に立たないからなのです。一見して効果がはっきりしないもの、効くのだが効かないのだかよくわからないもの、要するに治療効果でいうなら一目瞭然でないもの……そういったものについてだけ、役に立つ方法なのです。

 手を使って土を掘るよりも鍬で畑を耕すほうがいい。あたりまえです。一目瞭然です。こういうときに、わざわざくじ引き試験なんてやりません。遠くに行くのに自動車で行くのと歩くのとではどちらが速いか、比較するまでもありません。医療の世界だったら、肩を脱臼した患者さんを脱臼したまま放っておくか、整復するか。誰の目にも明らかです。このように、効果のはっきりしていて疑いようのないものについては、くじ引き試験は不要です。そんなことをあえてやるのは、滑稽ですらあるのです。

 感染症の世界だと、死ぬような重症の感染症では抗生物質を使います。くじ引き試験はしませんし、必要ありません。抗生物質は死にそうな感染症を劇的に治療してきた実績があります。いまさら抗生物質なしの人だちと比較するくじ引き試験など必要ないのです。

 しかし、医療の世界でやっている治療は、実はとても微妙な問題を扱っています。ちょっと目には効いているのだか効いていないのだかはっきりしないものが多いのです。高血圧の薬、糖尿病の薬、コレステロールを下げる薬、うつ病の薬、これらはすべて「効果があるかどうか一目瞭然でない、微妙な薬」なのです。


感染症は実在しない(構造構成的感染症学)』岩田健太郎著より