読めばわからなくなる日本の新聞

 

 ところで、ニューヨークタイムズやザータイムズといったアメリカやイギリスの新聞を読んでいると、しばしば医学記事が載っています。最新の研究結果を一般のみなさんに紹介しているのです。例えば、「今週のNew England Journal of Medicineにはこんな論文が出ていた。それはこういう意味で、こう評価すべきで、これからの医学にこのような影響を与える」という解説記事を掲載し、医学が専門でない一般の読者にわかりやすいようにかみ砕いて説明します。CNNやCBS、ABCといったテレビメディアも同じようなことをします。

 しかし、日本の新聞記事やテレビのニュースで「今週のNew England Journal of Medicineでこのような発表があった」という紹介がされることはきわめてまれです。おそらく、医学を担当している科学部の記者たちもこうした学術誌を読んでいないのではないかと邪推します。たまにそういうニュースがあっても、それは「東京大学の誰々が今度こういう研究発表をScienceに出しますよ」という発表がほとんどです。要するに、日本の大学の先生がScienceに出すような研究をしましたよという話題がメディアにたれ込まれ、それを記事にしているのです。もっと言うと、記事のポイントは「日本の研究がScienceに載った」ことであって、その研究内容そのものではないのです。2008年に3人のノーベル賞受賞者が日本から出たときも、研究内容そのものはほとんど注目されませんでした。科学部の記者で原著論文を実際に読んだ人は、ほとんどいなかったのではないでしょうか。

 そして、日本のメディアの特徴その2は、学術誌の論文ではなく、学会発表を報道することが多いことです。ほとんどの新聞は学会発表、それも国際学会ではなく日本の国内の発表のみが記事になります。国際学会の内容が記事になるのはほとんど日本人が発表した場合に限定されます。これも、「日本人が発表したこと」そのものがニュースになっているのです。

 確かに学会発表は貴重です。しかし、価値としては学術論文のほうがずっと高いのです。どうしてかというと、学会発表は第三者の評価が十分にされずに出されますが(評価の対象はサマリーの部分だけです)、学術論文は第三者たる査読者が細かく吟味して、妥当な内容・発表であるか検証されるからです。学会発表よりも学術論文のほうがずっと質が高いのです。だから、メディアで紹介すべきは、むしろこちらのほうでしょう。

 残念ながら、医者でも英語の学術論文を読みこなせない人がいるのと同様に、科学部の記者にも英語の論文が読みこなせていない人がいるようです。これでは十分な情報の吟味、開示はできません。

感染症は実在しない(構造構成的感染症学)』岩田健太郎著より