セフアロスポリンやメチシリンの新しい型であるオキサシリン

 「市中MRSAが発生した」という話を、ミネソタ州公衆衛生局のティムーナイミ医師が耳にしたのは、マンディータイスが入院を認められた日の翌日だった。疫学調査官として、ナイミにはもう、マンディの担当医師たちの治療以上のことはなにもできなかった。だが、この件をミネソタ州公衆衛生局の狭苦しいオフィスに収集したデータにくわえることはできた。どうやら、もっともおそれていた最悪の事態が発生したようだった。

 三十四歳のナイミは、ミサで侍者の役をつとめる少年のような面持ちと黒いまっすぐな髪の持ち主で、りゅうとした身なりをした小柄な男たった。控えめで温和で内気そうな男にも見えたが、それは見かけだけだった。テレサースミスら疫病対策情報部(EIS)の同僚だちと同様に、ナイミは公衆衛生に激しい情熱をそそいでおり、それは単なる職業上の選択からではなかった。ボストンで育ったあと、内科医として、また小児科医として、(Iプアートで教育を受けたナイミは、もうとっくに民間の開業医として高給を得ていてもおかしくなかった。ところが、そうはせずに、彼はニューメキシコ州ズーニ ーのプエブロ族保護特別保留地にある医療サービスではたらき、EISプログラムで研修を積み、一九九八年八月、二年の勤務期間をミネソタ州ではじめたのである。

 ナイミはMRSAのことならよく知っていた。どういうわけかミネソタ州のあちこちで、入院していないネイティブーアメリカンの子どものあいだでMRSA感染が多発していることを着任早々に聞いたときには震えあがっだと、ナイミはのちに語った。まるで、もっともひよわなえじきが集まった水飲み場でご馳走を堪能し、それ以上遠くに獲物を求めてうろつく必要のない(イエナのようだった。病院では、医師や看護師たちが油断なく警戒し、発見しだいバンコマイシンでやっつけようと身構えていた
が、病院の外で外来患者を診る医師たちは虚を衝かれていた。セフアロスポリンやメチシリンの新しい型であるオキサシリンなどを処方したものの、検査結果により、患者が黄色ブドウ球菌に感染している、つまりメチシリンだけでなくセフアロスポリンーアメリカでもっとも広範に処方されている抗生物質1を含むすべてのβ‐ラクタム薬に耐性があると知らされたからだ。