メイヨー・クリニック

 ナイミはまた、感染者の血液の分離株を覬察して、驚いた。光学顕微鏡で見ると、MRSAの菌株はまるで金色のぶどうの房のようで、どれもまったくおなじに見えたのである。だが、パルスフィールドゲル電気泳動法という試験により、ナイミはそれぞれの分離株の遺伝子の素質を決定することができた。地理学的にいえば、その菌株が出現した地域はかなり広範囲にわたり、ミネソタ州北部だけでなくノースダコタ州の一部も含まれていたが、すべての菌株は事実上、同一だったのである。この事実は驚きでもあり、おそろしくもあった。そのうえ、院内感染MRSAとして知られるどんな菌株ともまったく異なっていたのである。

 ナイミには、信じられなかった。まさか、新たな侵略者が登場したとは。院内感染MRSAと同様に、こうした菌株はすべてのβ‐ラクタム薬に耐性をもっていたが、ただ、病院でよく使われるほかの抗生物質に対する耐性遺伝子はもっていなかった。MRSAの院内株は、長い時間をかけて、こうした耐性をほかの細菌から獲得していた。ナイミのことばを借りれば、付けあわせの料理をたいらげるようにして。だが、ナイミがいま目にしている菌株には、こうした付けあわせの料理がなかった。賢明なダ
ーウィン説にのっとれば、この菌株はその共同体で必要となる耐性遺伝子だけ獲得したのであり、そこではほかの薬剤はあまり使われなかったのだろう。まるで、ほうれんそうのクリムソースあえやポテトフライが添えられていない、牛ヒレステーキのようだった。

 いったい黄色ブドウ球菌は、どうやってこんなことをやってのけたのだろう? それに、どうやって広がっていくのだろう? これはあくまでも局所的な異常で、短命に終わるのだろうか? あるいは、世界規模で広がりつつある新種の伝染病が、どういうわけか、このミネソタ州で発生したのだろうか?かたよった考え方かもしれないが、ナイミにはこうした疑問に対してひとつの答えを割りだしていた。ミネソタ州で突如として感染が発生したのは、この州の衛生局が地元の病院と密に連絡をとっており、検査室が感染のパターンをほかの州よりすばやく識別することができたからではないかと考えたのである。そしてナイミの前任者であり、鋭い医学探偵であるカークースミスと州の疫学者マイクーオスターホルムが点と点とをつなけ、答えをだした。世界的に有名なミネソタ州のメイヨー・クリニックでさえ、そんな芸当はできなかった。メイヨー・クリニックは公衆衛生にあるべき、見晴らしのきく観察地点をもっていなかったからだ。

 もちろん、この仮説は市中MRSAがほかの州にも実は発生していることを意味した。無作為に起こる謎の耐性インフルエンザや肺炎に変装したMRSAは、発生した地域にも国家にも、まったく気づかれていなかったのである。