市中MRSA株の存在

 標準的な作戦として、ナイミは対照調査をおこなった。おなじ地域で、MRSAの新しい菌株に市中で感染した患者と、来院したときには、すでにありふれた種類の黄色ブドウ球菌、つまりメチシリンなどの抗生物質に感受性かおる黄色ブドウ球菌に感染していた患者とを比べたのである。感染の数力月前、ひとつのグループは、もうひとつのグループより多くの抗生物質を使用していたのだろうか? それとも、ひんぱんに通院していたのだろうか? ひとつのグループには、もうひとつのグループにはない病歴かおるのだろうか? ひとつのグループのほうが、平均年齢が高いのだろうか? 女性より男性が多いのだろうか? すべての質問に対する回答は、完全に「相違点なし」たった。ふたつのグループはまったく同一であり、症状もおなじだった。市中MRSAに感染したグループの患者たちは、たまたま、どこからか(ナイミにはどこだか見当もつかなかったが)メチシリンなどの抗生物質に耐性を与える余計な部分をもつDNAを獲得した黄色ブドウ球菌に感染したのである。

 ナイミに言えるのは、これがアメリカだけでなく国外でも、市中MRSA株の存在が表面化した初めての例であるということだった。この菌株は姿を見せたときとおなじように、あっという間に姿を消してしまうかもしれなかった。だがナイミは、薬剤耐性菌が消滅するという予測には希望がもてないことを重々承知していた。一年以内に、この新しいMRSAは世界じゅうに広がるかもしれなかった。

 マンディータイス死去の知らせを受け、ナイミは、市中MRSAに関する警告を州全域と近隣のウィスコンシンネブラスカノースダコタサウスダコタイリノイの各州の医師に伝えた。こうした州からもつぎつぎに、自分の州でも感染が発生したという報告があがっだ。すべて、同一の菌株だった。悪い知らせは四方八方からあがった。発生件数をまとめた書類が三〇〇を超えたころ、ナイミは、統計分析に着手した。すると、患者の年齢の中央値は約十六歳であるものの、年齢には一歳から七十二歳までの幅があることがわかった。年齢分布は、従来のMRSAのものとは異なっていた。感染は性別にかかわらず等しく発生しており、患者の八五%の皮膚と柔組織に感染症状があらわれていた。肺炎の症状があらわれたのは、だったの五%だが、マンディータイスのようにもっと重症のものになると血液や骨に感染している例もわずかにあった。ナイミには、まるで自分が暗い部屋につづく扉をあけ、おぞましいものの正体を見ようとしているように感じられた。だが、その正体と相関関係はまだ不鮮明だった。