DNAの断片がコンピュータのスクリーンに帯状に並ぶ

 だがティムーナイミにしてみれば、シュリツァートの仮説は、どう見ても立証するのが困難だった。もちろん、こうした症例では黄色ブドウ球菌が引き金となり、患者に免疫システムの一連の反応が起こり、それが毒素性ショックへとつながったのだろう。だが、その反応をひき起こしたのが本当に毒素であるのか、あるいは細菌のほかの固有の特性であるのかを、言い当てるのは無理だった。宿主側の要因もからみ、病原菌と相互に作用しあっているはずだ。なんといっても、市中MRSAにさらされた全員が感染したわけではないし、感染した子どもとおなじ家に暮らすきょうだいにもおなじことがあてはまった。「病原菌が毒素をつくりだせるというのはもう古い話だ」と、ナイミは断言した。「問題は、どの毒素がなんの役割を、いつ果たしているかだ」そして、どのように毒素と一連の要因がひとりの人間を生死の境まで追いやりながら、残りの大多数の人間は感染させないでほうっておくような陰謀をくわだてるのだろうか? 「このバスを運転しているのが毒素かどうかもわからない」はっきりと、ナイミは言った。「あるいは、宿主に反応が起こるかどうかも」

 いつものように、シュリヴァートは、そうした疑問を一蹴した。長いおいた黄色ブドウ球菌を研究してきた者として、黄色ブドウ球菌が、ほかのどんな細菌よりも魅力的で、いらいらさせられる病原菌であることに気づいた研究者のひとりとして、彼は自分が見たものに驚嘆した。なんと完全な手段で殺人をやりおおせることか。ほかの病原性細菌は、少なくとも犯罪現場に目立つ手がかりを残していく。だが地球上の人類の短い歴史のなかで、黄色ブドウ球菌は事実上気づかれずにさまざまな病気の原因となり、数多くの感染症をひき起こしてきた。もし、自分が疾患をひき起こす微生物であったなら、まさに黄色ブドウ球菌がするのとまったくおなじことをするだろう、とシュリヴァートは考えた。目立たずにやってのけるからこそ、ヒトの宿主が犯人を突き止めるまで長いあいた、つきからつぎへと疾病を起こせる。黄色ブドウ球菌の毒素が毒素性ショックと死を誘発するからといって、かならずしも黄色ブドウ
球菌が宿主であるヒトを殺そうとしているわけではない。ただ、つぎの宿主に移動するまで、ヒトの免疫システムからわが身を守りたいだけなのかもしれない。だがシュリヴァート個人としては、黄色ブドウ球菌以外の犯人を想像することができなかった。おそろしい感染症をひき起こす黄色ブドウ球菌は、地球から人類が消滅する原因となってもふしぎはなかったのである。DNAを分析することで、ひとつの菌株の「指紋」がわかるからだ。菌株のDNAは、いくつかの長さの異なる断片に切りわけられ、その断片の集まりが電気でゲルのなかに押し込まれ、ゲルのなかで分離される。この電気泳動の結果、DNAの断片がコンピュータのスクリーンに帯状に並ぶ。ちょうど商品のバーコードのように。