肺炎球菌は気道感染ではなく、ひどい中耳炎を起こす

大学病院に動務する医師は、抗生物質が、ウイルス性ではない気道感染、つまり気道感染の三割にしか効果がないことを知っていた。だが医師には、それがウイルス性であるか否かを即座に見分けることができず、その状況下で唯一分別のある行動をとった。気道感染の患者全員に、抗生物質を投与したのである(実際、気道感染にはほかの感染症より多量の抗生物質が投与された)。だが気道感染に投与される大半の抗生物質は処方の誤りであり、それがひいては耐性の伝播を加速した。気道にある肺炎球菌は、抗生物質を投与されるたびに薬の向きをそらせるメカニズムを身につけていき、やがてその遺伝子を周囲に渡しはじめたのである。

 こうして耐性を獲得した肺炎球菌は、感受性をもちつづけている薬剤に阻止されないかぎり、もっとも体内にはいりやすい気道から、こんどは血流にはいりこもうとする。そして、血流にはいった耐性菌は毒素を放出し、ちょうど黄色ブドウ球菌がするように生命を維持する器官を攻撃する。そして血圧を下げ、命を危険にさらす場合もある。全身性疾患である重い敗血症は、乳幼児や高齢者、HIV感染者など免疫力が弱い人たちの命を奪う場合もあった。市中である種の肺炎-肺炎のおもな原因は、肺炎球菌だった1に感染したあと、入院した患者の死亡率は、最近の研究によれば、一〇~二五%であった。

 子どもの場合、肺炎球菌は気道感染ではなく、ひどい中耳炎を起こすことが多かった。すると、小児科医は同様のジレンマに直面した。二歳以上の子どもの中耳炎の大半は、臨床的には軽症であり、抗生物質を投与しなくても完治する。だが痛みに苦しむ子どもと、そのかたわらに不安気に立ち抗生物質を要求する親にたいして、処方を断れる医師がどのくらいいるだろう? だが抗生物質の猛襲を受ければ、中耳炎を起こしている肺炎球菌株の多くが耐性を身につけていく。いったんおさまったあとも耳の痛みがぶり返し、また抗生物質の投与を受け、そのたびに耐性を強めていく。調査の結果、託児施設の六一%の子どもが中耳に薬剤耐性肺炎球菌株を保菌しているか、感染症を発症していることが判明した。