がん告知の個別性について

がんの告知

 がんの診断が構密になると、治療の選択肢も多くなる。選択の前提として患者さん本人が自分のがんの病状を正確に理解している必要がある。いわゆる「がん告知」が重要となるのはこの理由による。

 がん告知にはいくつかの要点がある。

 ①がん告知は本来きわめて個別的なものである。ガイドラインなどに沿って機械的に告げるようなことは避けるべきであろう。

 ②大部分のがん患者さんには告げてしかるべきと思う。この場合、医師と患者さんの信頼関係はその前提としてきわめて大切である。

 ③がん告知には、医師、看護婦など医療者側の高いモラルが求められている。逆にいえば、この高いモラルさえあれば、とりたててがん告知の手法を論ずる必要もなく、ごく普通の医療行為の一環として自然にことがなされるはずである。

 がん告知では、個別性、信頼関係、医療者の高レモラルの三点を大切なポイントとして、私どもは日々の臨床の場で実践すべく努めている。


 がん告知の個別性について

 治る見込みのある早期がんなら告げてもよいが、進行がんの場合は告げてはならない、とする議論がある。しかし、早期がんであってもがんという言葉のみが頭に残って精神的に大きな打撃を受ける人がいる。

 逆に進行がんの事実を知った瞬間から、「自分の残る人生をいかに生きるか」を真摯に考え 始めて、まるでギアを切り換えたように決然とした生き方をする人もいる。つまりがんの進行度ががん告知の是非を必ずしも決めるものでもない。

 よく引かれる逸話に、「がん告知された高僧が非常な衝撃を受け、短時日のうちに亡くなっ てしまった。だからがん告知はすべきではない」というのがある。しかし、これはその人が高僧でなかっただけのことで、告げた医師が高僧と見誤った点のほうがむしろ問題であろう。

 国立がんセンターは病院の名称に「がん」という言葉が使われており、来院する患者さんの多くががんを意識している点からすると、告知に関しても一般の病院とは条件がかなり異なる。つまりがん告知をしやすい条件にあるわけで、現状では九〇%を超える患者さんには何らかの形で告知がなされている。しかし、国立がんセンターでは患者さんにがんであることを告げるのは当然と考え、患者さんの気持ちを十分に配慮することなく、無造作に告知をする医師の問題も散見されるようになってきた。そこで、一九九六年四月から「国立がんセンタしがん告知マニュアル」を作成して、中央病院、東病院に働くすべての医師に配布した。これは精神科の医師を中心にがん告知に関心の深い、また経験の豊かな複数の医師の協力で作られたものだが、時に応じて、改変の可能性もあるため、一九九六年版として使い始めた。告知の心構えを伝えることを目的として、このマニュアルを作成したが、こうしたマニュアル使用の意味の検証も行ない、さらに良いものに改訂しつつ、今後の診療に生かしていきたいと考えている。