肺がんの早期発見はむずかしい

 

 がんの治療の基本的な戦略は早期発見、早期治療です。肺がんを早期に発見するにはどうすべきでしょうか。アメリカのがん学会が一九八〇年に発表した基調声明は、肺がんの早期発見に対してはなはだ懐疑的です。「肺がんの早期発見を目標とする検査で推奨できるものはない。予防に対策の焦点をあわせるべきである」と。「肺がんの症状や徴候のある人は医療機関を受診すべきである」ともつけくわえています。しかし、たいへん不幸なことに、患者が肺がんではないかと症状や徴候から疑って医療機関を受診するときには、八五~九〇%がすでに進行がんで有効な治療の方法がないというのが現実です。肺がんの九〇~九五%が二年以内に死亡するというきびしい実態もあります。

 肺がんの症状については、古くから多くの報告があります。たとえばアメリカ南カリフォルニアの大学病院でおこなわれた七〇二人の肺がん患者の調査では、症状がなかった人はわずか二二%でした。六四%でせきがつづき、五五%で体重の減少、五三%では胸痛がありました。四四%で痰の量が多かったと報告されています。

 わが国では、肺がんを早期発見するための検診が、他の国にくらべて広くおこなわれています。たとえば岡山大学が、一九八〇年から八九年に検診で肺がんと診断された三八一例と、症状があり受診して発見された二三九例を比較した成績を発表しています。検診で発見されたグループでは、がんの直径が三センチ以下で早期発見と考えられた例が五五%であったのに対し、症状があり受診して肺がんと診断された場合は、早期発見はわずか二五%にすぎませんでした。直径五センチの場合検診発見は一一%に対し、症状発見群は三二%でした。

 肺がんは進行度によって一期からⅣ期に分類されています。大きくいえば、一期が早期、Ⅳ期が広く転移をともなっている進行がんです。反対側のリンパ腺にまだ転移のないⅢA期までなら、手術が可能です。検診発見群では一期が六五%、Ⅲ期が二二%でした。これに対し症状による発見群では、それぞれ三二%と四八%でした。検診により発見された人で、手術したあと五年目の生存率は五六%に対し、症状で発見した人は二五%で有意の差がありました。

 病理解剖となった約五〇〇〇例のデータでは、肺がんは六〇歳代に多く、八○歳では半数に減ることが判明しています。肺がんをはじめ、いろいろな検診は一律に実施しないで、頻度が高い年齢層や(イリスターグループに対して重点的に実施するという早期発見の戦略変更はたしかに必要でしょう。

 現在、肺がんのスクリーニングとして、胸部レントゲン写真で診断する方法、痰の中のがん細胞の有無を調べる方法、さらにらせん型CTと呼ばれる機械を車に搭載して集団検診をおこなう方法がとられています。

 日本でも最近、肺がんの検診のありかたについて見直しの必要性を指摘されているように、アメリカでも集団を対象とした肺がんの検診のありかたをめぐって、ゆれ動いています。アメリカで近年、一八集団約八七万人を対象とした検診が実施されましたが、このようにして見つけ出した肺がんでも死亡率を低下させるにはいたらなかったと報告されています。

 年間に約一〇〇人の新しい肺がんの患者さんを診ていますが、そのうちのわずか約20人が手術となる比較的早期の人です。発見はほとんどの人が他の病気でたまたま撮影をした胸部レントゲン写真で異常を発見されたか、検診で発見された人です。せき、痰、血痰や体重減少など、症状があり受診された人は全体の約二割ほどです。やはり肺がんの早期発見はむずかしいといわざるをえません。結局、アメリカがん学会の声明のように、まず肺がんの予防策を強力にすすめるのがもっとも近道で建設的であると思います。