アブザイム

 

 動物は微生物の感染に抵抗する手段として免疫(immunity)能力を発達させている.哺乳類では血液中の白血球の一種であるBリンパ球において生産される免疫グロブリン(immunoglobulin)と呼ばれるタンパク質が抗体(antibody)として,外来異物としての抗原(antigen)に高い特異性を持って結合し,それを目印としていくつかの免疫応答機構がはたらいて異物を排除する.免疫グロブリンはL鎖(214アミノ酸)とH鎖(440アミノ酸)と呼ばれるポリペプチド鎖が2本ずつ集合して3個のジスルフィド(S-S)結合で結ばれた構造をしている。 L鎖にはλとxの2種類が,H鎖にはIgG, IgA, IgM, IgD, IgEの5種類が知られている.おのおののポリペプチド鎖はアミノ酸配列が可変な(V)領域と,不変(C)な領域から成り立っており,抗原とは可変領域において結合する.不変領域の遺伝子は1つ程度の少数であるが可変領域の遺伝子は数百個あり,それらが選択的なスプライシングなどによって組み合わさることで多様な抗原に対応して高い特異性を持って結合できる多種類の抗体分子が産生される.

 

 抗原と抗体の結合特異性は,酵素が反応を触媒する基質(substrate)に対して示す緊密な分子間相互作用にきわめて類似している.ポーリング(L. Pauling)は酵素反応は酵素分子が反応の遷移状態中間体に強く結合することにより本来は高い活性化エネルギーが必要とされる遷移状態が安定化され,反応が円滑に進むというモデルを提唱した. 1986年,レルナー(R. Lerner)らは,もしそうであれば遷移状態中間体に結合する抗体を作製すれば酵素作用を持つ触媒抗体という新たなタイプの生理活性物質が生み出せるのではないかという独創的なアイデアを発想し実行に移しか.そしてあるエステル化合物を抗原として作製したモノクローナル抗体の中にエステルの加水分解を触媒する抗体分子を見いだした.この触媒抗体は,抗体(antibody)と酵素(enzyme)の合成語としてアブザイム(abzyme)と呼ばれる.彼らが続いて作製したポリペプチド鎖を構成するアミド結合の加水分解を促進するアブザイムは,特定のアミノ酸部位でタンパク質を自在に切断できる新しいタイプの分子ハサミを設計する手段を提供したとして,その進展が注目されている.