ブタが提供する移植臓器

 

 ヒトにおける臓器移植の技術は免疫抑制剤などの開発の進展により近年著しく進歩しており,多くの患者が命を救われている.そのおかげで世界中で臓器移植を希望する患者が激増しているのに比べ,臓器提供者の数は増えず,慢性的に移植臓器が不足する状態が続いている.この間題を克服するために動物の臓器を移植する技術が大きく進展しつつある.

 

 動物愛護の間題,臓器がヒトよりずっと小さいこと,ヒトと共通のウイルスに感染しているおそれかおることなどの理由から霊長類の臓器を利用する試みはされていない.その点,ヒトと同様に雑食性であるブタは,臓器の大きさや血液の性状がヒトに近いこと,1回に10~20頭を産むという多産性であること,無菌飼育が現実的に可能であること,食用家畜としての利用の歴史が長いため屠殺を伴う臓器利用に動物愛護の間題がより少ないことなどの理由から,移植臓器の提供動物としてブタを利用する計画が進んでいる.とはいえ,ヒトとは種族が遠く離れているブクの臓器をヒトに移植すると,数分後には移植された臓器の血管がつまってしまうという超急性拒絶反応が起こり,役だたない.拒絶反応の主たる原因は,補体と呼ばれるタンパク質が重要なはたらきをする細胞性免疫系が移植された臓器という異物を認識して攻撃をしかけることである.補体は異物に標識を付加し,それを目印にしてリンパ球がつくりだす抗体と共同して異物細胞の細胞膜を破壊することで殺してしまう.補体の作用を制御する免疫系は多数の補体制御因子が絡んだ複雑なものであるが,因子のうちのあるものは異物ではない自己の細胞を異物と区別して免疫系の攻撃を免れるという防御機能を持つものもある.そこで,ヒト由来のこの補体抑制因子の遺伝子を導入したトランスジェニックブタを作製してドナーとして利用すれば,臓器の中にはすでにヒトの補体抑制因子が発現されているため,超急性拒絶反応を免れるであろうというアイデアである.

 

 実際にはいくつかのブタの遺伝子をノックアウトしたつえで少なくとも3種類のヒト補体抑制因子遺伝子を導入しなければ超急性拒絶反応を十分におさえられないこと,トランスジェニックブタの作製はマウスほどには容易でないなどの技術的に来熟な点が残っている.そのために作製には高価な費用がかかること,食用でない家畜の使用に関して動物愛護団体の強い反対かおるなどの理由から,計画は当初期待したほどには進んでいない.しかし移植を受けられないまま病状が悪化してゆくしかない多数の患者にとっては一条の希望の光であろう.