遺伝子の変異を原因とする遺伝性疾患

 

 遺伝的組換え技術の進展により,特定の遺伝子の塩基配列までもが決定されるようになってくると,医療関係者のあいだではこの技術が遺伝性病患の治療に使えるのではないかという期待がふくらんでいった.そのために,まず病気の原因となる遺伝子上の変異点を突き止めようとして多大な努力が積み重ねられた.

 

 分子レベルにまで解析が進んだ最初の遺伝性疾患は鎌状赤血球貧血症(サラセミア)である.サラセミアは血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンが先天的に異常なため酸素運搬がうまくゆかず、慢性の貧血を起こしてしまう.この病患の研究の歴史は古く, 1949年には劣性遺伝することが明らかにされ, 1950年の中頃にはヘモグロビンを構成するグロビンタンパク質にアミノ酸置換が検出されていた. 1970年後半にはグロビン遺伝子が単離,すなわちクローニング(cloning)され, 1980年はじめには,サラセミア患者からもグロビン遺伝子がクローニングされ塩基配列が決定されて変異点の解明がなされた.世界中の多くの患者のグロビン遺伝子を調べた結果,患者によって点変異のみでなく,欠失,転移,逆位などさまざまなタイプの遺伝子変異が起きていることが明らかにされた.

 

 つづいて小児に発症し,代謝にかかおる酵素活性の異常がくわしく知られている病患について,異常な酵素をコードする遺伝子が患者と健常人からそれぞれクローニングされ,問題酵素遺伝子の塩基配列上の違いが追究された.フェニルケトン尿症フェニルアラニン水酸化酵素の異常により体内に大量のフェニルアラニンが蓄積して知能障害や痙攣などを引き起こす重篤な小児病患である.遺伝子のクローニングによる解析からほとんどの患者加点変異に由来していた.フェニルアラニンを欠いた食事を生まれてからすぐに与え続ければ発症が未然に防げるため,遺伝子診断が有意義な病気の1つである.

 

 これまでに数多くの遺伝性病患について異常タンパク質(酵素)がクローニングされ患者の病因解明と遺伝子診断が行われてきている.