ポジショナルクローニングによる原因究明

 

 さて, 1980年代も半ばにさしかかってくると,原因となるタンパク質が見当もつかない難病さえ解決してしまう,ポジショナルクローニンブ(positional cloning)という切れ味のよい方法論が出現した.

 

 解析の原理はモーガンが発見した遺伝子連鎖という現象に基づいている.すなわち,われわれの遺伝子は精子卵子ができる減数分裂過程において,父親由来と母親由来の2本の染色体の間で遺伝子組換えを起こしている.ある染色体上の離れた2点間で組換えが起きる確率はその2点間の距離に比例して大きくなり,近接すればするほど組換え確率が低くなる.逆にいえば,2つの遺伝子の組換え頻度を測定することで染色体上に距離が計算できる.

 

 今,遺伝子病患の原因となっている遺伝子に近接する既知の遺伝子マーカーを使って家系内部の個人差を検出すれば,病気を発症した患者のみに特徴的な多型性がみつかるはずである.その遺伝子マーカーの染色体上の位置(配座)は既知なので,変異遺伝子の配座もつきとめられるという算段である.遺伝子連鎖解析を正確に行うにはいくつかの遺伝性病患の家系に対して家系図を集めることが重要である.いくつかの家系の構成メンバーから数十m/の血液を採取し,そ二からDNAを抽出して遺伝子マーカーにより多型性を検出する.

 

 たとえば,マーカーAに対しては,ある家系の場合,発症者は必ずパターン1を示すが,非発症者は必ずパターンを示すとする.一方,マーカーBに対しては発症者も非発症者もパラパラな多型性しか示さなかったとする.このときマーカーAは変異遺伝子と連鎖しているという.現在では染色体上の配座が決まった多数の遺伝子マーカーが準備できているので,組織的に多数の遺伝子マーカーを用いた遺伝子連鎖解析をいくつかの家系に対して行えば変異遺伝子の配座が正確に決定できる.あとは配座している染色体近傍のわずかな領域に存在する遺伝子をしらみつよしに調べあげてゆけば病患の原因となっている変異遺伝子にたどりつける. 従来,20センチモルガンほどの間隔でヒトの全ゲノムをカバーする一連の遺伝子マーカーをランダムに160個も調べあげればどのような変異遺伝子の配座も決定できるといわれていた.現在,多型性を示す遺伝子マーカーが多数集められ,それら相互の位置関係を組換え(交差)の頻度を計算することで決定した,平均1~2センチモルガン(1モルガンは組換確率が1%という意味で約100万塩基対に相当する)間隔の精密な遺伝子連鎖地図ができあかっている.これらをうまく用いればポジショナルクローニンブは効率よく進められるはずである.それでも運がよければ最初の数個を試すだけであたりが出るが,運が悪いと数百個の遺伝子マーカーを試さなくてはならない.ポジショナルクローニングを遂行するさいには今でも運試しと力仕事の覚悟は必要である.