繰り返しの数が原因となるトリプレット・リピート病

 

 1990年代に入ってトリプレット・リピート病(triplet repeat disease)と呼ばれる奇妙なタイプの遺伝性病患が注目されるようになった.トリプレット・リピートとはCAG, CGGなどの3塩基を単位としたヒトのゲノムに散在する反復配列である.健常人においてもこの反復回数に個人差はあるが,その反復回数が極端に増加しているため,存在位置にある遺伝子の作用発現に異常をきたし,重篤な脳・神経筋系の病状を呈する遺伝性病患をトリプレット・リピート病と呼ぶ.これまでに9つの遺伝性神経病患の原因としてトリプレット・リピートの反復回数の異常が同定されている.これらの病患におけるトリプレット・リピートの存在位假は以下に示すように3つの場合に分類される. O mRNA のうちタンパク質をコードする領域内に存在するもの.翻訳のフレームが保存されているか,患者の異常タンパク質にはCAGコドンに対応するポリクルクミン(Gln)の長い挿入が含まれる.その影響により病患に特異的な神経細胞が脱落する.@mRNAのうちタンパク質をコードしない非翻訳領域に存在するもの.患者の夕ンパク質の構造は正常であるため発症の理由は未知である.翻訳制御に異常が生じているのかもしれない.@イントロン内に存在するため患者のmRNAもタンパク質も構造上は正常であるが,転写制御や染色体の構造安定性に異常が生じていると考えられるもの.

 

 たとえばハンチントン舞踏病(0型に属する)と呼ばれる遺伝性の神経筋病患では3塩基(CAG)の繰り返しが,健常人は11~34回程度の繰り返しのところが患者では37~86回と増加していた.このわずかな違いが30~50歳になってはじめて発症する,手足や顔の痙攣・舞踏しているようにみえる不随意運動・徐々に進行する痴呆化という重篤な病態を発症させているのである.この病気は優性遺伝するために両親のいずれかから変異遺伝子を受け継いだだけで必ず発疱する.しかも親・子・孫と世代が下がるごとに発症年齢が若くなり症状も重くなる.この表現促進現象(anticipation)と呼ばれる現象は遺伝するごとに反復回数が増えていくためと説明されている.とくに父親から遺伝するとこの繰り返し回数が増加するため,親と比べて子供は10~20年も発病が早まるという.その理由は精子形成のための減数分裂の過程で反復回数の伸長が起こるためらしい.

 

 これまでにみつかったトリプレット・リピート病の特徴をまとめて示した.健常人においてもトリプレット・リピートの反復回数は増えているが発病までにはいたっておらず,数世代先の子孫では発症する可能性が高い多数の潜在患者がいるという不気味な報告が気になる点である.一方,この病気がなぜ特定の神経細胞のみを死滅させるのかという疑問も謎に包まれたままである.最近みつかったHAP 1 (huntington associated protein 1)と呼ばれるCAGの長い繰り返し配列に由来するポリグルタミンリピートに特異的に結合するタンパク質はこの謎を解く鍵になるかもしれない.