多因子性遺伝性疾患と糖尿病

 

 1つの遺伝子の変異によって引き起こされるタイプの遺伝性病患はポジショナルクローニング法の進展によって原因は労力さえかければ解明できるまでになってきた.しかし,体質としての遺伝性素因が存在することの予想はつくものの,1つの遺伝子変異では説明かつかない遺伝パターンを示す病患も数多くある.それらにおいてはいくつかの遺伝子の変異が原因となっているばかりでなく,環境因子の影響も大きいため,その研究はいまだ手探りの状態である.高血圧症(hypertension)や糖尿病(diabetes)など,いわゆる成人病のなかにはそのような多因子性の遺伝匪病患であるものが多い.

 

 昔は食満ちたりた金持ちの病であった糖尿病も,飽食の時代を迎えた現在,数百万人(成人の20 人に工人)もの患者がいるほどのありふれた国民病となってしまった.糖尿病は血中のグルコース(ブドウ糖)の濃度(血糖値)が空腹時でも140mg/d I以上の高い値を示す病患である.自覚症状が少ないため,この状態を放置しておくと病状はゆっくりと進行して,やがては腎臓病,下肢の壊死,網膜症による視力の喪失など重篤な合併症が現れてくる.健康な人では膵臓から分泌されるインスリン(insulin)と呼ばれるペプチドホルモンの作用によって血糖値が低下されることから,糖尿病ではなんらかの原因でインスリンのはたらきが阻害されている状態であるといえる.糖尿病にはインスリン依存型(I型)糖尿病(IDDM)とインスリン非依存型(II型)糖尿病(NIDDM)の2つが知られている.

 

 IDDMは発症のピークが12寇と若い自己免疫疾患で,インスリンを産生・分泌する膵臓のラングルハンス島β細胞に対する抗体を自身がつくって攻撃し,インスリン分泌を阻害するために起こる糖尿病(インスリン欠損症)である.複数の遺伝子変異が発症にかかわっているとされるが詳細は不明である.インスリンを外部から補充しないとただちに生命に危険を及ぼすため,小児のころから常にインスリン注射をする必要かおる.

 

 NIDDMは大多数の成人糖尿病患者が分類されるタイプの糖尿病で,なぜ血糖値が上昇するのか原因がわかっていない.患者ではインスリンの分泌が徐々に悪くなったり,インスリンは分泌されているのであるが標的臓器においてインスリンに対する感受歐が次第に低下していくことなどで症状が現れてくる.インスリンにだけ結合してシグナルを伝達する細胞膜表面に存在するインスリン受容体に欠陥力1ある場合,フルコースの輸送担体(トランスポーター),インスリンと拮抗してはたらくペプチドホルモンであるグルカゴン受容体,などの多様な因子の異常が原因と考えられているが詳細は不明である.インスリンを投与しなくてもすぐには生命を脅かすことはないが,血糖値を適度に下げるためにインスリン適用している患者も多い.