肥満体質の遺伝

 

 肥満は美容の点で嫌われているだけでなく,糖尿病・心筋梗塞などの成人病の危険因子の1つであることから,スリムな体型を保つことは多くの人の関心事となっている.しかし世の中にいくら食べても太らない人や,たいして食べないのにすぐに太ってしまう人がおり,なんらかの遺伝的な体質が存在することは確かである.近年,マウスを使った実験により,肥満の体質といわれる遺伝性素因のいくつかが解明されてきた.

 

 肥満はもともとは飢えから体を守る防御機構である.今でこそ食料増産により先進国では人々は飢えの恐怖から解放されているが,人類はつい最近まで常に飢えに悩まされてきたのである.そこで,十分な食料にありついとさいには食物を過剰に摂取し,食料がしばらくは手に入らなくても生きてゆけるように脂肪として体内に蓄えたのである.飢餓に耐性となる遺伝子は淘汰に有利であった.しかし飽食の時代には肥満という厄介な間題を抱えることになってしまったのである.

 

 一般に血中の脂肪レベルがあがると脳の視床と呼ばれる器官にある摂食中枢に信号が発せられ,過剰な脂肪が体内に蓄えられるよう調整したあと食欲を停止させる.この仕組みに不均衡が生じ脂肪蓄積に傾くと肥満が起こる.栄養価の低い食品を常食している日本に比べ,乳製品や肉類など高カロリーの食事に慣れた欧米では,たとえば体重450 kg にまで太ったオビース(obese)と呼ばれる病的な肥満状態の人さえ記録されている.このような食事の節制も運動も自力で調整できなくなってゆく状態は,欧米では栄養病患の1つとして考えられて熱心な医学的研究が続けられてきた.

 

 オビースと名づけられた突然変異マウスは,遺伝的に普通のマウスの2倍以しにまで肥満するのみでなく,インスリン非依存性(II型)糖尿病を発症するなどヒトの病的肥満によく似た症状を示す.くわしい遺伝学的研究の結果,この突然変異は1つの遺伝子が先天的に欠損しているために生じていることがわかった.早速,ポジショナルクローニンブ法を用いて肥満遺伝子がクローニングされた.肥満遺伝子がコードする全長167アミノ酸のタンパク質はギリシア語の“やせている"を意味するという言葉を語源としてレプチン(leptin)と名づけられた.脂肪を蓄える肥満組織に多く発現されているレプチンは,分子全体が親水性でアミノ末端側には分泌性タンパク質特有のシグナル配列を持つ.詳細な解析によりレプチンは体脂肪量の調節にはたらくべく,満腹したというシグナルを伝達する役割を持っており,レプチンの欠損がオビースマウスの肥満の主因であることが明らかにされた.実際,遺伝子組換え体レプチンを1対の染色体上のレプチン遺伝子がともに変異しているマウス,すなわちホモ接合のり加y突然変異マウス(.ob/obと表記する)に皮下注射すると,体重減少・過食症状の改善・脂肪量の低下が観察された.また,レプチンをマウスの脳内血管に注入すると,1時間後には食物摂取を停止させるという食欲低下作用も報告された.これらの結果により,レプチンは服用するだけで肥満を解消する夢の“やせ薬"として脚光を浴びるようになった.

 

 一種のペプチドホルモンであるレプチンには必ず受容体が存在するはずで,その異常も肥満にかかかる可能性が高い.そう考えて,早速レプチン受容体遺伝子をクローニングしたブルーフがある.一方,突然変異マウス(db/db)も遺伝的な肥満マウスである.しかしマウスではレプチンの異常はまったく見いだされなかった.それどころかレプチンを投与しても体重減少には効果がない,すなわち,レプチンに対して不感受性になっていた.この結果はレプチン受容体が異常になっていることを示唆している.実際,ポジショナルクローニンブ法により単離された遺伝子は,すでに単離されていたレプチン受容体遺伝子と一致した.ただし, db/dbマウスではレプチン受容体の細胞内領域部分が欠損しているため,レプチンから発せられたシグナル伝達の仲介ができずに肥満を防止できなくなっていたのである.肥満の人の多くはレプチン量が異常に高いことが明らかにされた.つまり肥満はレプチン不足が原因でなく,レプチンがさがない,レプチン受容体側の異常であることが示唆される.しかしレプチンにかかかる来知の因子の貢献も否定できない.もっと研究が進めばレプチン関連因子を操作することで肥満の治療法も確立されてゆくであろう.