役にたつリボザイム

 

 チェック(T. Cech)は1981年,纎毛虫の細胞の中に酵素(enzyme)活性を持つ特殊なRNA分子をはじめて見いだし,これをリボザイム(rybozyme)と名づけた.リボザイムはMg2+とグアノシン存在下で自身のスプライシング反応を進行させる.この性質を利用してRNAを特異的に切断する分子ハサミとして利用しようという工夫がなされてきた. DNAを切断する分子ハサミである制限酵素のRNA版としてのリボザイムの利用である.実用化に向けての研究が進んでいる鎚頭(ハンマーヘッド)リボザイムではリボザイム活性に必要な領域(41塩基)を改変し,鎚頭型をした触媒領域の前後にIT塩基と12塩基の標的DNAに対する認識領域を設定してある.これにMg2+イオンを加えると,CUC配列のすぐ後で標的RNAが切断されるように設計してある.このとき安定な構造を保つためにtRNA遺伝子の中にあらかじめリボザイム遺伝子を挿入しておくという工夫も考案されている.すなわち, tRNA遺伝子はその転写制御領域が遺伝子内部にあることがわかっているので,リボザイムを両者の間に挿入しても150塩基対程度のコンパクトなサイズに納まる. tRNAのアンチコドンループに位置するリボザイム部分はこうすればtRNAの安定な立体構造を壊さずに機能を発揮できるのである.たとえば市販されているRNAzymeTet1と呼ばれるリボザイムは,標的RNA配列(CUCU1)を認識し2番目のUの後で切断する.リボザイムは肝炎ウイルスやエイズウイルスなど, RNA分子を遺伝情報として利用しているタイプのRNA型ウイルスを特異的に切断する,新たな抗ウイルス薬としての期待が高まっている.

 タンパク質工学

 

 遺伝子を試験管の中で改変することで,自然界にはない人エタンパク質を自在に設計して大量に製造するタンパク質工学が盛んになってきた. DNA化学合成やPCRを使えば遺伝子の塩基配列を一部分変化させることで産生されるタンパク質のアミノ酸を自在に変化できる.また2種類の異なるタンパク質をコードする遺伝子を融合して1つのタンパク質として発現させることも容易である.融合タンパク質の作製は大量生産したタンパク質を簡便に純化する目的にも重宝されている.たとえば対象とするタンパク質のN末端ではタンパク質の左側)にアミノ酸の一種であるヒスチジンを6個連続して発現させるよう,対象遺伝子の開始コドンのすぐあとに塩基配列を挿入した,ポリヒスチジン融合タンパク質発現系を取りあげてみよう.6個のヒスチジンはニッケルイオンにくっつきやすい性質を持つので,ニッケル樹脂と未精製の大腸菌抽出液を混ぜると,ポリヒスチジン融合タンパク質のみが樹脂に結合するため,他の混雑物と容易に分離できる.

 

 海産のオゾンクラブから単離された,緑色に光る蛍光タンパク質(GFP)との融合タンパク質は,励起光をあてるだけで自己発光する.本来光るはずのない夕ンパク質が強く光るようになるため,予想外の応用研究が可能となり,近年大いにもてはやされている.細胞や個体を生かしたまま,外から導入した融合タンパク賈が光るのが顕微鏡下で観察できる.この技術によって対象タンパク質が本来存在すべき場所の特定や局在場所の経時変化の追跡が容易になった.また個体の中で大量に発現させることで蛍光マウスや蛍光熱帯魚など光る動物として肉眼でもみえるようにできる.動物愛護協会の叱責を受けなければバイオペットとしての需要はありうるかもしれない.

 

貴重な医薬タンパク質の大量生産

 

 遺伝子操作技術が実用化されてからまず取り組まれたのが,これまで高価な医薬品であった稀少タンパク質を大腸菌に大量生産させることであった.従来は1人の小人症の患者の1年間の治療のために必要な成長ホルモンを調製するためには数十人分のヒトの死体の下垂体が必要であったし,糖尿病の治療に必要なインスリンの調製のためには何万頭ものウシの膵臓が必要とされていた.これと同じ量の稀少タンパク質がわずか1lの大腸菌培養液から採集できろとなればまさに夢のバイオ技術となるはずであった.しかし現実には同じアミノ酸配列からなるタンパク質は大量に産生できるようになったものの大腸菌で産生したタンパク質を臨床応用するにはいくつかの難関を乗りこえなければならないことがわかってきた.その第1点は多量発現された組換えタンパク質は大腸菌細胞内で凝集して不溶性の封入体と呼ばれる特殊な構造体を形成するため,せっかくつくったタンパク質が回収できないことである.第2点は大腸菌内では組換えタンパク質の開始コドン(AUG)に相当するN末端のメチオニンが高発現のせいでうまく除去できないことである.第3点はタンパク質が活性を持つために必要とされる糖鎖の付加やリン酸化が大腸菌の細胞内では起こらず,アミノ酸配列は同一ながら生理活性を持たない組換えタンパク質しか産生されないことである.これらの問題を解決するために酵母やカイコ細胞などでの発現が試みられたが,異質な糖鎖付加の間題は残った.哺乳動物細胞での発現は糖鎖やリン酸化の間題は解決されたが経済効率の面では間題が残り,天然型と同等なものを安価に得るのはたいていの場合は困難であった.ところが発生工学の進展のおかげで最近では革新的な方法が試みられている.それはウシやヒツジに組換え体を導入して乳汁の中に組換えタンパク質を産生させようというアイデアである.たとえばヒトのα-アンチトリプシン遺伝子を導入し,乳汁1/に数十gのヒトのα-アンチトリプシンを含むヒツジが報告されている.

 

 突然変異の起こる仕組み

 

 精密な遺伝子の仕組みもときとして間違いを起こす.これを突然変異(mutation)と呼ぶ.突然変異が子孫に伝わるかたちで生殖細胞に生じて表現型として現れたものを突然変異体(mutant)と呼ぶ.突然変異の多くは1個の塩基が置換・挿入・欠失などのいずれかの理由で変化した点突然変異である.そのうち,遺伝子産物であるタンパク質のアミノ酸置換を起こした場合をミスセンス変異,アミノ酸をコードしていたコドンが終止コドンに変化して短いタンパク質を合成してしまう場合をナンセンス変異,変異部以降のタンパク質の読み枠を変化させ,正常のものとはまったく異なるタンパク質を合成してしまう場合(通常は終止コドンが早めに現れて正常より小さいタンパク質を合成する)をフレームシフト変異と呼ぶ多くの場合フレームシフト変異はもとのタンパク質の機能をまったく失わせてしまうので他の2つより重篤な結果をもたらす.一方,塩基配列は変異してもコドンが重複しているためアミノ酸置換は起こさない場合もあり,それをサイレント変異と呼ぶ.たとえばCCC, CCAはともにプロリンのコドンであるためC→Aの変異はサイレントとなる.

 

 アデニンとシトシンは正常型のアミノ基しN112)が,イミノ基に変化しやすく,そのときA-CやC-Aなどの誤った塩基対が形成され,子孫が異常塩基を持つようになる.グアニンやチミンもCがCOHに移行するとG一TやT-Gなどの誤った塩基対を形成する.このような自然に起こる立体構造上の変化は互変異性シフト(tautomeric shift)と総称され,頻繁に起きている.分子の大きさから,アデニンとグアニンはプリン,シトシンとチミンはピリミジンと総称されるが,突然変異においてプリン同士の変化(AμG)やピリミジン同士の変化(C=T)をトランジション(transition),それ以外の変化(A=T,A=C, G=T, G=C)をトランスバージョン(transversion)と呼んでいる.

 

 人工化学物質の中には亜硝酸をはじめとして点変異を起こしやすい物質が沢山存在する.とくに食品添加物の中には体内で亜硝酸に変化しやすい物質が含まれているものもあるので注意が必要である.亜硝酸はC→U,A→H(ヒポキサンチン),G→X(キサンチン)の変化を誘発し,U→A,H→C,X→C,X→Tという塩基対に変化させ点変異の原因となる.紫外線も強力な変異原である.その理由は紫外線照射によってDNAの中の隣接したチミンの間に化学反応を起こしてチミンニ量体という奇妙な構造を生じさせることにある.この異常構造によってDNA二重らせんはゆがめられ,正常な塩基対が形成できなくなる.放射能も塩基やらせん骨格の破壊を起こすため強力な変異原となる.

 

 

ジャンクだらけのヒトの遺伝子

 

 ヒトのDNA塩基配列を数多く決定してゆくにつれ,一見して無意味と思われる単純な繰り返し配列がいくつもみつかってきた.現在では30億塩基対もあるヒトのゲノムDNAのうち, mRNAや機能を持つRNAをコードしているいわゆる遺伝子として使われている部分はわずかに10%程度と考えられている.残りのおよそ9割は役割がはっきりしないDNA領域であり,そのかなりの部分か反復配列と呼ばれる一定の塩基配列が数多く繰り返した特異な塩基配列群として見いたされる.反復配列は直列型反復配列と分散型反復配列の2つに分類される

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 直列型反復配列とは同じ塩基配列が連続して現れるタイプの繰り返し構造である.たとえばヒトのⅢ型サテライトDNAと呼ばれるものはATTCという塩基配列とそれが少し変化した塩基配列が高頻度で出現する172塩基対が1つの単位となって連続して繰り返し現れる.このタイプの反復配列は塩基配列や反復単位のサイズ,あるいは反復頻度について生物種間にほとんど共通陸が見いたされない.このことは反復自体には積極的な生理的機能加担わされていないことを意味している.さらにヒトのDNAの中にみつかったミニサテライトDNAは1つの反復単位が約30塩基対で反復数も10~200回程度であるが,個人間でさえ反復単位や反復数が大きく異なるため個人の識別に利用されている(100頁参照).他方,分散型反復配列は染色体に分散して多数存在するもので,反復単位が500塩基対以下のものはサイン(SINE),それ以上のものはライン(LINE)と呼ばれている.

 

 動く遺伝子

 

 ヒトの体は約60兆個の細胞から成り立っている.すべての細胞が1個の受精卵より細胞分裂を繰り返してできたものであるため,まったく同一なセットの約30億塩基対からなるDNA(これをゲノムと呼ぶ)を持つ.ところが細かい領域まで考慮すればすべての細胞のDNAがまったく同一の塩基配列を持っているわけではない.その理由はDNAのごく狭い領域が動いて他の領域に挿入されているからである.不変不動であると考えられてきたDNAが動きまわるという革新的なアイデアを提唱したのはマックリントック(B. McClintock)で,実に遺伝子がDNAであるかどうかさえわかっていなかった1940年代のことであった.彼女は,長年にわたって斑入リトウモロコシの遺伝の仕組みを研究し,独自の膨大なデータに基づいた精密な解析により,遺伝子が動きうると考えざるをえないという結論に達した. 1951年には可動遺伝性因子あるいはトランスポゾン(tran-sposon)という概念を提唱したが,それは発表当時あまりにも斬新なアイデアであったせいか,ほとんど受け入れられずに無視された.彼女の発表から16年後の1967年,大腸菌の中にトランスポゾンがみつかってはじめて人々はマックリントックの先見性に驚いたのである.幸にも彼女は長寿であったため,82歳にしてノーベル賞の栄誉に輝いた(1983年).トランスポゾンは中央領域の両端に反復配列を持つという共通構造を有している.その後,多くの生物種においてトランスポゾンがみつかるようになり,動く遺伝子は今日では広く生物界に起こっている重要な現象として認識されている.

 

 ヒトをはじめとした脊椎動物に存在する動く遺伝子の例として白血病や肉腫を惹起するレトロウイルス(retrovirus)がある.エイズウイルスもレトロウイルスの一種である.レトロウイルスは中央DNA領域として3つの遺伝子を持ち,その両端をLTRと呼ばれる数百塩基対からなる反復配列が挟んでいる. LTRはU 3, R, U 5の3つの要素からなり,その中には下流の遺伝子の転写を促進する塩基配列が含まれている.レトロウイルスの遺伝情報は自身の持つ逆転写酵素の作用によってRNA型からDNA型に変換され,それが直鎖のままあるいは環状化することによって宿主ゲノム上のさまざまな位置に挿入されうる.挿入されたウイルス遺伝子はLTRの持つ転写誘導信号に従い,宿主の転写機構を利用してウイルス全長を転写し,タンパク性の外皮に包まれたウイルス粒子を形成させる.左側のLTRはウイルス遺伝子の転写に使われるが,右側のLTRは偶然に挿入位置に存在していた遺伝子を無制御の状態で転写誘導する.もしその遺伝子が通常は発現が停止しているべき増殖誘導因子をコードする遺伝子であれば,その無秩序な発現は細胞の無秩序な増殖,つまりがん化を引き起こしてしまう.これがウイルス発がんにおける発癌機序として認められている1つのモデルである.

新型ウイルスへの人類の対抗策

 


人類は欲望をコントロールする方法を学ぶ必要がある

   人類はウイルスの脅威にどのように立ち向かえばいいのか。ます、地球温暖化を防ぎ、病原体が他の地域にも移り住むのを抑制し、熱帯雨林を保護してウイルスのホストである小動物を守ることだ。

 それには、二酸化炭素の排出を極力抑え、オゾン層を守る努力をすべきである。オゾン層は、太陽から地球に注がれる紫外線という殺人光線をシャットアウトしている。このオゾン層がまるで穴があいたかのように薄くなっていることが確認された。この穴から紫外線がかつてないほど地球に届き、その一部を人間が浴びている。こうして細胞が障害を受けて、免疫力が低下するから、私たちはウイルスによる感染症にもかかりやすくなる。私たちはオゾン層を守らねばならないのである。

 また、新型インフルエンザは中国から発生することが多い。筆者はこう推測する。中国ではニワトUを極端に狭い小屋で身動きできない状態で飼っているため、ニワトリに極度のストレスがかかり、免疫力が低下している。この結果、ウイルスにたやすく感染し、死んでしまう、と。

 地球温暖化オゾン層の破壊、熱帯雨林の減少、ニワトリの飼育問題は、煎じつめれば、人間の欲望から発生したものであるから、人類は、欲望をコントロールすることの重要性とその方法を学ばねばならない。そうすれば、大類は、地球をきちんとマネジメントできるはずである。

 ビジネス上の成功の度合いを表す収入の多寡だけで人生の成功の程度、さらには人の価値までも決めてしまうアメリカ型金満資本主義では、地球環境を健全に維持することはできない。新しい価値観と新しい人生観が求められている。

 

ウイルスは遺伝子の小包である

これから、抗ウイルス剤を賢く活用することも必要な措置である。 HIVの増殖を抑える抗HIV剤を長期にわたって連続投与するとウイルスが突然変異を起こし、耐性が発生する。

 耐性は、HIVばかりでなく、インフルエンザの治療薬タミフルにも起こっている。耐性の発生を抑えるには、いくつかの抗ウイルス剤を順番に投与し、ウイルスに慣れさせないことだ。

 ウイルス感染症への対策として、抗ウイルス剤による治療は大切だが、それよりも効果が大きいのは、ワクチンによる予防である。ワクチンは、ウイルスやウイルスを形づくるタンパク質のことである。これを人体に注射することで、人体は抗体を生産して免疫力を高め、襲ってくる病原体を撃退することができる。