突然変異の起こる仕組み

 

 精密な遺伝子の仕組みもときとして間違いを起こす.これを突然変異(mutation)と呼ぶ.突然変異が子孫に伝わるかたちで生殖細胞に生じて表現型として現れたものを突然変異体(mutant)と呼ぶ.突然変異の多くは1個の塩基が置換・挿入・欠失などのいずれかの理由で変化した点突然変異である.そのうち,遺伝子産物であるタンパク質のアミノ酸置換を起こした場合をミスセンス変異,アミノ酸をコードしていたコドンが終止コドンに変化して短いタンパク質を合成してしまう場合をナンセンス変異,変異部以降のタンパク質の読み枠を変化させ,正常のものとはまったく異なるタンパク質を合成してしまう場合(通常は終止コドンが早めに現れて正常より小さいタンパク質を合成する)をフレームシフト変異と呼ぶ多くの場合フレームシフト変異はもとのタンパク質の機能をまったく失わせてしまうので他の2つより重篤な結果をもたらす.一方,塩基配列は変異してもコドンが重複しているためアミノ酸置換は起こさない場合もあり,それをサイレント変異と呼ぶ.たとえばCCC, CCAはともにプロリンのコドンであるためC→Aの変異はサイレントとなる.

 

 アデニンとシトシンは正常型のアミノ基しN112)が,イミノ基に変化しやすく,そのときA-CやC-Aなどの誤った塩基対が形成され,子孫が異常塩基を持つようになる.グアニンやチミンもCがCOHに移行するとG一TやT-Gなどの誤った塩基対を形成する.このような自然に起こる立体構造上の変化は互変異性シフト(tautomeric shift)と総称され,頻繁に起きている.分子の大きさから,アデニンとグアニンはプリン,シトシンとチミンはピリミジンと総称されるが,突然変異においてプリン同士の変化(AμG)やピリミジン同士の変化(C=T)をトランジション(transition),それ以外の変化(A=T,A=C, G=T, G=C)をトランスバージョン(transversion)と呼んでいる.

 

 人工化学物質の中には亜硝酸をはじめとして点変異を起こしやすい物質が沢山存在する.とくに食品添加物の中には体内で亜硝酸に変化しやすい物質が含まれているものもあるので注意が必要である.亜硝酸はC→U,A→H(ヒポキサンチン),G→X(キサンチン)の変化を誘発し,U→A,H→C,X→C,X→Tという塩基対に変化させ点変異の原因となる.紫外線も強力な変異原である.その理由は紫外線照射によってDNAの中の隣接したチミンの間に化学反応を起こしてチミンニ量体という奇妙な構造を生じさせることにある.この異常構造によってDNA二重らせんはゆがめられ,正常な塩基対が形成できなくなる.放射能も塩基やらせん骨格の破壊を起こすため強力な変異原となる.