抗がん剤の歴史:アルキル化剤、代謝拮抗剤

抗がん剤の歴史

 白血病は白血球に分化する細胞が悪性化した、白血病細胞の増殖による病気である。その細胞はやはり一種のがん細胞で、血液を通じて全身をめぐっている状態である。脾臓など一つの臓器に停滞して増えることもある。悪性リンパ腫も同様で当初からあちこちの全身リンパ節で増殖する。つまり白血病悪性リンパ腫は早い段階からがん細胞が全身に広がっている状態である。このことは困ったことだが、一方、抗がん剤による治療がもっとも効く理由にもなっている。歴史的にもがんの化学療法は白血病悪性リンパ腫を対象として始まり、着々と効果をあげてきた。

 抗がん剤のルーツは毒ガスに発している。一九四三年、第二次世界大戦中に毒ガス、イベリッいを積載した船が沈没する事故があり、乗組員に重篤な白血球減少症が認められた。この事実にヒントを得たニューヘブン医学センターの研究者は、DNAをアルキル化する作用を有するイペリッいなどのマスタードガスはホジキン病をはじめとする悪性リンパ腫に効くと考え、作用がより緩やかなナイトロジェンマスタードを治療に用いた。

 ナイトロジェンマスタードのようにアルキル化作用を有する化合物がその後、数多く合成され、わが国では一九五〇年、東大薬学部で塩酸ナイトロジェン、マスクしドーN‐オキシド(ナイトロミン)が合成された。その後ドイツでエンドキサンが開発された。さらにアルキル化以外の作用機序をもつ抗がん剤が次々と合成されるようになった。また、白血病細胞の増殖が葉酸の存在に左右される事実から葉酸拮抗剤が開発された。一九六〇年代には小児の白血病やホジキン病が複数の化学療法剤によって治癒することが報告された。この約五十年の間に、ドキソルビシン、シスプラチン、エトポシド、パクリタキセル、塩酸イリノテカンなど多岐にわたる抗がん剤が次々と開発され、白血病悪性リンパ腫だけでなく固形がんでも根治する症例が経験されるようになった。こうした抗がん剤を作用機序の面からまとめておきたい。

 アルキル化剤

 アルキル化剤はDNAなどの高分子にアルキル基を付加する物質の総称で、細胞分裂を阻害する。ナイトロジェンマスタしドに始まり、シクロフォスファミド、メルファラソ、チオテーパ、ニトロソウレア類などが、ここに分類される。

 代謝拮抗剤

 代謝拮抗剤は核酸や蛋白合成過程で生成される代謝物に構造的によく似た低分子化合物である。これらの化合物は正常の代謝物と見誤られて細胞にとりこまれ、DNA合成にかかおる酵素の働きを抑えたり、DNAに誤ってとりこまれてDNA合成を阻害する。したがってこの種の抗がん剤は分裂期の組織に特異的に作用することが多い。代謝拮抗剤には葉酸代謝を阻害するメソトレキセートや、DNAの構成塩基に似た5‐フルオロウラシルや6‐メルカプトプリン、アラビノシルーシトシンなどが含まれる。いずれも作用点は異なるがDNA合成を阻害する。アミノ酸およびその合成の拮抗物も代謝拮抗剤として考えられている。